講演「チュニジア、エジプトそして今後の中東は?」、大本イスラエル・パレスチナ平和研究所主催、2011年3月18日
【キーワード】民主化、イスラーム、イスラーム復興運動、情報テクノロジー、宗教、日本
1.はじめに──歴史を予測すること
1)秩序(日常)の崩壊(漸進的/突発的カタストロフィー)、秩序の再生
2)私の経験から
2.変化する中東の背景
1)多い若年人口(高い失業率):30歳未満の人口が全人口の6割を占める。
2)情報テクノロジーの活用:携帯電話、衛星放送、Twitter、facebook
3.民主化運動とイスラームの関係
1)チュニジア:路上で(違法に)果物を売っていた失業青年の焼身自殺が意味するもの。
2)エジプト:スンナ派(90%)とコプト教会(10%)。ムスリム同胞団の役割。
3)リビア:圧倒的多数がスンナ派。国際社会の介入の是非。
4)バーレーン:シーア派(75%、被支配者層)とスンナ派(25%、支配者層)の対立
4.エジプトの民主化運動は「宗教」とは関係ない?
1)ムスリム同胞団は運動の前面には出てこなかった(これからも慎重)。
2)政治運動であっただけでなく、イスラーム的な「公正」を求める宗教運動でもあった。
3)民主化運動は宗教とは関係なかった、とするアメリカ型のディスコース(語り)に注意をする必要がある。「関係がない」(記述)→「関係すべきではない」(規範)を誘導。
4)欧米が恐れているものは何か。
5)イスラーム的かどうか以前の、より根源的かつ普遍的な宗教体験(「祭り」の共同体。祝祭と悼みの場)。
5.イスラーム復興運動(イスラーム主義運動)──イスラーム原理主義
1)ムスリム同胞団
西洋(イギリス)からの独立とイスラーム文化の復興を目的として、ハサン・アル=バンナーにより1928年に設立。イスラーム的価値に基づく、幅広い「世直し運動」。非合法とされてきたが、実質的には最大野党。穏健派が主流であるが、1970年代以降、「イスラーム集団」「ジハード団」など急進派少数集団が分離。ハマスも、同胞団のパレスチナ支部として出発している。
現在では、教育歴の高い若い世代が組織をリードしている。内部では世代間対立があるが、表面化はしていない。
2)イスラーム原理主義
原理主義(ファンダメンタリズム)は歴史的にはキリスト教原理主義(アメリカ)を指していたが、イラン・イスラーム革命(1979年)以降、欧米メディアによってイスラームの過激派を指す名称として用いられてきた。「テロリスト」と同義に用いられることもある。こうした欧米の用語法と、「イスラーム復興運動」を区別する必要がある。
3)政教分離との関係
イスラームは西欧型の政教分離論で計ることが難しい。政教一元論。民主化プロセスも当然、西欧型とは異なることになる。
6.終わりに──日本社会との関係
1)宗教とは何か
政教分離の枠組みの中で考えたとき、信仰(思想・信条、「私的領域」)と政治(社会的表象、「公的領域」)の分離を求めることになるが、宗教とは二つの領域に分離可能なものか。
心と身体(社会的表象、「公的領域」)を簡単に切り離すことはできず、心の身体的「可視化」を求める運動、および、それを封じ込めようとする運動が様々な形で起こっている。中東における民主化運動の底流にも、そのような力関係が作用している。
2)日本社会における政教一致と政教分離
誰が「宗教」を定義するのか。国家と宗教の関係。
3)民主化と宗教
世直し運動の現代における形。民主化(平和)のための暴力は正当化されるか。日本の平和主義は国際社会に貢献できるのか。宗教と平和・暴力の根源的な問い。
【参考文献】
小原克博『宗教のポリティクス──日本社会と一神教世界の邂逅』晃洋書房、2010年。
小原克博・中田考・手島勲矢『原理主義から世界の動きが見える――キリスト教・イスラーム・ユダヤ教の真実と虚像』PHP研究所、2006年。
横田貴之『原理主義の潮流──ムスリム同胞団』山川出版社、2009年。