Globalization and Religious Pluralism (1)
朝8時に出発し、ホテルに帰ってきたのは夜の8時半。長い一日でした。食事の時間以外にも休憩時間が、午前・午後1回ずつあるのですが、何と10分間だけ。プログラムが恐ろしいほどに詰め込まれていますが、中国では普通なのかもしれません。
とても全体を説明することはできませんので、今日の発表者の国籍だけをざっと記してみたいと思います。アメリカ、中国(本土・香港)、インド、エチオピア、ナイジェリア、インドネシア、エジプト。それぞれの国の事情を反映したユニークな発表を聞くことができるのは、こうした国際会議ならではのおもしろさでしょう。
質疑応答の時間には、必ず最初に手を挙げることにしているのですが、今日は、私が圧倒的に最多質問者となりました。「シャイな日本人」という国際的イメージを少しでも払拭できるよう、がんばっています。
私の発表は、明日の午前中にあります。明日も長い一日になりそうです。
会議の合間や食事のときに、いろいろな人と話ができるのは楽しいことですが、今日は、南京大学や他の大学の様子について、興味深い話を聞くことができました。
南京大学に、本格的なユダヤ学研究の学部(学科)があるのは驚きでした。なぜユダヤ学関係のアメリカ人研究者が4名もこの会議に来ているのか、という謎が解けました。また毎年、3、4名の学生をヘブライ語習得のために、イスラエルのヘブライ大学やテルアビブ大学に派遣しているとのことでした。ユダヤ学専攻の学生が、アメリカ人のユダヤ学研究者とヘブライ語で話をしていました。
もう一つ驚いたことは、中国の大学での教員の担当コマ数です。大学によるシステムの差はもちろんあると思いますので、どこまで一般化できるかはわかりませんが、私が聞いた範囲では、中国では、1回の授業は2時間(途中休憩あり)、そして、担当コマ数は2コマ、多くても3コマとのことでした。私が秋から7コマ授業を担当すると言うと、異口同音に、あり得ない!という反応が返ってきました。
「あり得ない」が日本では当たり前となっている点に、日本の大学のがんばりを感じるべきなのか、あるいは、間違った方向に行っていると受け止めるべきなのか・・・ 人によって判断が分かれそうです。
もう一つの驚きは、中国の大学では宗教研究所のようなセンターが続々と作られ、今や、全国で百を超えているということです。マルキシズムは、思想系の学問の中では、いまだ中核に位置していますが、マルキシズムだけでは、現代の中国人を満足させることができなくなっているということなのかもしれません。ある種の宗教復興のようなものが現代中国には起こりつつある、と言えるでしょう。