キリスト教・イスラム教は排他的か?
モントリオールから無事、サンタバーバラに帰ってきました。帰る直前に目にした記事の一つが民主党・小沢一郎幹事長の高野山での宗教談義。まずは下の記事をご覧ください。
■asahi.com: 小沢氏「排他的なキリスト教文明、欧米行き詰まる」
■Mainichi Daily News: DPJ's Ozawa: Christianity 'exclusive'
asahi.comから小沢氏の発言を抜粋し、少しばかりコメントをしておきたいと思います。
「キリスト教もイスラム教も非常に排他的だ。その点仏教は非常に心の広い度量の大きい宗教、哲学だ」
※仏教を含む日本宗教万歳という主張は、これまで自民党の政治家によく見られましたが、民主党も例外ではないことがわかります。ちなみに、かつて民主党の「憲法提言中間報告」の中に、これに似たメッセージが入っていたことがあります。これについては、2004年10月31日の記事をご参照ください。小沢氏一人の問題ではないことがわかります。
https://www.kohara.ac/blog/2004/10/post-122.html
来年にスイスで開かれる国際会議に松長管長が出席することから、「欧米人に仏教の神髄を説いてやるのは非常に意義がある。大変うれしい」
※本当に欧米人に「仏教の神髄」が伝えられるのなら、私も「大変うれしい」です。ぜひ、何を伝えたのか、また、それがどのように受けとめられたのかを明らかにしてもらいたいものです。一方的に価値あるものを伝えてやった、という姿勢は国際社会では通用しません。
「排他的なキリスト教を背景とした文明は今、欧米社会の行き詰まっている姿そのものだ」
※ここに小沢氏の世界観が凝縮されていると言ってもよいでしょう。ほぼ同じメッセージを戦前の国粋的な知識人や政治家たちが唱道し、それが結果的に日本を戦争へと導いていったことを小沢氏は理解しているでしょうか。
こういった発言は、今の時代、良識ある宗教者の間ではもはや耳にすることができません。小沢氏の行き過ぎたリップサービスを高野山の仏教者たちが、きちんと、たしなめたのかどうか。こうした対応においてこそ「仏教の神髄」があらわになると私は思うのですが・・・
この種のメッセージが、今なお繰り返されている現状を考えると、私の仕事においても、まだまだ基本的な伝達を怠ることができないことを痛感させられます。もう少し、21世紀にふさわしい洞察を政治家には期待したいところですが、日本では無理なんでしょうかね。