書評「落合仁司『ギリシャ正教 無限の神』」、『同志社時報』No.113
ギリシャ正教とは何であろうか。キリスト教と言えば、カトリックやプロテスタントが連想されやすいが、著者は、キリスト教の源流にはギリシャ語によって思考され、信仰されてきたギリシャ正教の伝統が存在することに注意を向けさせてくれる。しかし、著者の意図はギリシャ正教の魅力を伝えることにあるだけでなく、むしろ、ギリシャ正教を通して、宗教そのものの根元的な構造に迫っていくことにある。著者によれば、ギリシャ正教はイスラームや仏教にも共通した考え方、すなわち、人間が自らを超え出て神や仏と一つになっていくという考え方を持っており、ヨーロッパの宗教に還元しきることのできない「ユーラシア宗教」としての奥行きを有している。
著者は、宗教を「人間とは何かを解く極めて有効な手掛かり」と考えている。本書をユニークな書として際立たせているのは、宗教を語る言葉として普遍言語としての数学、とりわけ集合論を用いている点にある。宗教の命題を数学の命題に置き換えて、その分析可能性を追求することこそが本書の目的なのである。そのために、ギリシャ的教養人たちによる知的葛藤の成果をたどりながら、三一論・パラミズムといった中心的教理を集合論の中で論証していく。その取り組みは、隠された金脈を探し当てるような知的刺激に満ちている。本書を通読すれば、昨今かまびすしい一神教と多神教との誇張された対比がいかに皮相なものであるかに気づかされるだろう。