小原On-Line

書籍・雑誌: 2004年12月アーカイブ

041231 今年の最後に読み終えた本を紹介します。石牟礼道子の『アニマの鳥』(筑摩書房)です。528ページある大作なので、気軽に読んでくださいとは言えませんが、多くの人に一読をおすすめしたい内容です。
 天草・島原の乱を描いた小説ですが、時代考証がしっかりしているだけでなく、石牟礼さんの他の作品同様、非常に細やかな人間描写が過去の出来事を彷彿とさせます。
 キリシタン迫害を描いた有名な作品には遠藤周作の『沈黙』などもありますが、ある意味で、この『アニマの鳥』は『沈黙』以上の迫力を持っています。
 今は読み終わったばかりなので、うまく感想をまとめることができませんが、本の帯には次のように記されていました。

三十年の歳月をかけた渾身の大河小説、天草・島原の乱。栄誉や権力に縛られず、自分の魂(アニマ)を大切に、死をかけて個人の尊厳を守った人々の受難の歴史1200枚。
 「個人の尊厳」という表現は非常に現代的な響きを持ち、少々違和感を感じますが、いずれにせよ、自分にとって、家族にとって、共同体にとって「尊いもの」は何か、を考えさせる作品であることには違いありません。

 「あとがき」によれば、石牟礼さんが島原・天草の乱を書き記したいと願ったのは、1971年、水俣病未認定患者と友に、チッソ東京本社に籠城したときのことであった、とのこと。文字通り、30年近い歳月をかけて記した作品と言えます。
 水俣訴訟との関係だけでなく、現代における様々な課題、たとえば、戦争と宗教の関係、戦争で奪われる人の命のことなどを連想しながら、ページをめくることになりました。

 天草四郎は、かつて映画「魔界転生」(1981年)で沢田研二によって演じられ、わたしもこのときの印象が強く残っているのですが、この映画では、まさに魔物扱いされていました。ほんと、ひどいものです。
 2003年にはリメーク版「魔界転生」も上映されていますので、最近は、こちらの方を知っている人の方が多いかもしれません。
 これら映画では、天草四郎は退治されるべき魔物のように扱われており、ある意味で、当時の幕府から見たイメージに現代的な装いを与えていると言えるかもしれません。

 その点、かなりの年月をかけて調査した上で執筆された『アニマの鳥』は小説であるとはいえ、天草四郎時貞の実像にかなり肉薄しているのではないかと感じさせられました。いずれにせよ、一年の最後に、ずしりとくる一冊を読み終えたという感慨が深いです。

 みなさん、よいお年をお迎えください。

■Amazon 石牟礼道子『アニマの鳥』
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041210 『ダ・ヴィンチ・コード』に続いて、もう一冊おすすめの本を紹介します。本というよりマンガです。しかし、これは、かなり考えさせられるマンガでした。こうの史代『夕凪の街 桜の国』です。
 ヒロシマを描いているのですが、原爆を直接に描いているわけではありません。しかし、柔らかなタッチで描写されるストーリーの背後に、ヒロシマが語りかけてくるメッセージが明瞭に浮かび上がっています。
 たった100ページほどの短い作品ですが、しんみりと考え込まされました。

 本の帯には、漫画家・みなもと太郎氏による次のような文章がありました。

実にマンガ界この十年の最大の収穫だと思います。これまで読んだ多くの戦争体験(マンガに限らず)で、どうしても掴めず悩んでいたものが、ようやく解きほぐせてきた思いです。その意味でこの作品は、多くの記録文学を凌いでいます。マンガ史にまた一つ、宝石が増えました。こうの史代さん、ありがとう。

 読む前にこの帯の文章を見ると、ずいぶん大げさに感じましたが、読んだ後は、それがあながち誇張ではないと思わされました。

 わたしの祖父は、ヒロシマでの被爆者でしたが、その関係で、わたしもヒロシマ関係の本は、普通の人以上に意識して読んできました。わたしの限られた経験の中においても、この作品は飛び抜けて印象に残るもののひとつだと言えます。
 マンガは好みが別れるので、普通、わたしはマンガを人に勧めることはあまりないのですが、このマンガは、多くの人にお勧めしたい一書です。

■Amazon こうの史代『夕凪の街 桜の国』
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041208 遅ればせながら『ダ・ヴィンチ・コード』を読みました。
 へそ曲がりなのか、世間で話題になっている本は、読まないことが多いのですが、今回、親しい人の薦めがあって、またちょっと気にはなっていたので、一気に読みました。

 新聞の宣伝文句にもあったように、寝る間も惜しんで読み上げたくなるほどのアップテンポなストーリー展開でした。暗号解読ものに興味がある人にとっては、スリリングな一冊と言えるでしょう。
 ちょっと辛口の批評をすると、よくも悪くも、ハリウッド映画を見ているような展開であるとも言えます。ちなみに、この作品はトム・ハンクスを主演として映画化されることが決定しているそうです。
 スピーディーかつ、突然のどんでん返しに、ぐいぐい引き込まれていくことは確かですが、人物描写や心理描写は決して繊細であるとは言えません。悪は悪で、底なしのドロドロを描いてほしいと、勝手に期待してしまいますが、結構、あっさりしています。
 今、石牟礼道子さんの作品を読んでいるのですが、その緻密な筆先とは比べるべくもないな~と、ふと思ったりします。まあ、ジャンルが全然違いますので、比べるのが間違っているかもしれませんが。(^_^;)

 しかし、さすがに世界中でベストセラーになっただけの魅力は随所にちりばめられています。
 簡単に言ってしまえば、ダ・ヴィンチをキーにした聖杯伝説(物語)となるのでしょうけれど、各所に、かなり専門的な神学、キリスト史、象徴学などの知識が出てきます。こうした部分は、一般的な読者には多少難しく映るかもしれません。三位一体論などが、さらりと出てきます。

 こうした古典的なテーマを取り上げる一方で、カトリック教会の青少年に対する性的虐待、MP3プレーヤー、スマート(車)など、きわめて現代的な事象も、さらりと織り込まれています。

 『ダ・ヴィンチ・コード』が素材として扱っている宗教的・歴史的知見が、学問的に正しくない、といった批判が時々なされるようですが、これは筋違いでしょう。サスペンスなんですから、あまり重箱と隅を突っつくようなことをしても意味はありません。

 むしろ、大筋として、「女性的なもの」の復活にウェイトが置かれている点に、現代のキリスト教や西欧社会のトレンドの一つを見るべきでしょう。物語の中では、マグダラのマリアが重要な役割を果たしています。カトリック教会によって隠蔽されてきた、マグダラのマリアにまつわる真実を明るみに出すこと、これがこの本の中で、徐々に明らかにされていく聖杯の秘密につながっていきます。まだ読んでいない人のために、ネタばれにならないよう、このあたりで止めておきます。

 余談ですが、『ダ・ヴィンチ・コード』で権力・支配欲の権化として描かれている「教会」とはカトリック教会のことです。まじめなカトリックの人が読めば腹立たしくなるかもしれません。しかし、小説に刺激的な素材提供できるほど、よきにつけ悪しきにつけ豊穣な素材を持っていることを、カトリックは誇りにしてもよいと思います。変な言い方ですが・・・ 少なくとも、シンプル・イズ・ベストを旨とするプロテスタントでは、小説ネタが少なすぎて、話にならないのですから(^_^;)

 下のページは、角川書店によるダ・ヴィンチ・コードの専用ページ。フォトギャラリーが、よくできています。ルーブルなど、物語の舞台となった場所が掲載されています。この本を読んで、ルーブルにまた行きたくなりました。

■ダ・ヴィンチ・コード(角川書店)
http://www.kadokawa.co.jp/sp/200405-05/

■Amazon ダ・ヴィンチ・コード
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047914746/katsuhirkohar-22

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