小原On-Line

日記・コラム・つぶやき: 2006年5月アーカイブ

 数日前に「キネマ旬報」「ダ・ヴィンチ・コード」を特集した臨時増刊号を出しました。
 その第2章「解明」のところに、私が寄稿した文章がのっています。
 さすがに映画の専門雑誌だけあって、映画としての作品分析や解説はなかなかのものです。用語解説も充実しており、勉強になります。(^_^;)
 「暗号解読」という袋とじ部分もあり、かなりわくわくしながら、はさみでチョキチョキしたのですが、驚愕の秘密が明かされる、というほどのものではありませんでした。しかし、いくつも「なるほど!」と感じた箇所はありました。
 一番感心したのは、小説と映画の違いについて。映画を見ながら、いくつかの違いについては私も気づきましたが、この臨時増刊号では、見過ごしがちな細部にまで解説を加えてくれています。
 実際、小説の内容もかなり忘れていますから、こういった指摘はありがたく、また関心をそそられました。ダン・ブラウンは映画作成にも関わっていますから、小説からの変更箇所はダン・ブラウン自身のこだわりポイントや新解釈があらわれているということになります。

 「ダ・ヴィンチ・コード」解説本は多数出版されていますが、映画を踏まえてのものとなると、この「キネマ旬報」臨時増刊号をおすすめしたいと思います。映画館のパンフレットを買うくらいなら、こちらを買った方がよいと思います。ちなみに、お値段は1000円。

 本日、映画「ダ・ヴィンチ・コード」を見てきました。
 本の内容をかなり忘れかけていたので、復習も兼ねて見たのですが、全体の印象としては、小説を忠実に再現していたと思いました。
 もちろん、限られた時間の中ですから、ストーリー展開はきわめて早く、細部は省略されています。
 大きな流れに関しては、小説に忠実なのですが、小説にはなかったような台詞もたくさんあったように思います。ティービングと比べると、ラングドンはカトリックびいきな発言を随所でしており、カトリックに対する一種のリップ・サービスかな、と感じたりしました。もっとも、この程度ではカトリック保守派の怒りは収まらないでしょうけれど。

 本で読んだ内容を映像として見るのは、それなりに満足がいくものです。しかし、コンスタンティヌス大帝やニカイア公会議、テンプル騎士団、十字軍などを映像として説明するのは、鑑賞者の理解を助けるためとはいえ、少し興ざめの部分でもありました。ただし、ほとんど前提知識のない人には、やさしい心配りとなっているとは言えるでしょう。

 映画を見終わって、考えたのは、小説を読まずに映画だけを見た平均的日本人は、どれくらい内容を理解し、また、おもしろさを感じ取ることができるだろうか、ということです。
 私が難しいかも、と思った点は二つあります。
 一つは、マグダラのマリアについて。言うまでもなく、小説の中でも映画の中でも重要な役割を果たす人物ですが、果たして、マグダラのマリアと聞いて、わかる人がどれくらいいるでしょうか。聖母マリアとの違いも、わからない場合があるかもしれません。
 「ダ・ヴィンチ・コード」のおもしろさの一つは、既成の理解と新解釈(ダン・ブラウンによれば歴史的事実となるのかもしれませんが)の間の「落差」にあるわけですから、前提となるマグダラのマリアについての伝統的理解がなければ、ジェットコースター的な落差に心臓をどきどきさせることができないかもしれません。

 もう一つ、難しいのではと思ったのは、イエスが人であるのか、神であるのか、という議論。ラングドンは、それなりに説明してくれているのですが、なぜこの二つの違いがそんなにも大事なことなのか、については、かなりキリスト教に精通している人でなければわからないのではないでしょうか。

 とはいうものの、他のいろいろな素材が映画をわかりやすく仕立て上げていますので、細かいことを考えずとも楽しめる映画ではあると思います。
 世界の各地で上映禁止運動がなされているようですが、日本では、なぜ大騒ぎするのかもわからないまま、多くの人が映画館に足を運ぶことになると思います。ある意味、幸せな国なのかもしれません。

060505 いちじくは不思議です。まだ葉も十分に出ていない頃から、実がなっています。といっても、まだとても小さく、右の写真では1~2cmほどです。
 聖書にはたくさんの植物の名前が現れていますが、その中には、いちじくもあります。マルコによる福音書13:28以下の次のイエスの言葉はよく知られています(マタイ、ルカにも類似表現あり)。

いちじくの木から教えを学びなさい。枝が柔らかくなり、葉が伸びると、夏の近づいたことが分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口に近づいていると悟りなさい。・・・」

 この言葉の前後は、いわゆる終末に関するメッセージが記されています。わかりやすく言えば、時を見極めることの大切さが述べられています。
 いちじくは、ある時から、一気に葉を広げ、ぐんぐんと成長していきます。イエスが「時のしるし」として、いちじくを引き合いに出したのも、けっこう納得がいきます。
 イエスは、たとえ話などの中で、ふんだんに自然の情景や植物に触れていますが、農作業(私の場合は土いじりの域を出ませんが・・・)をしていると、イエスの自然観察力の鋭さに、はっと気づかされることがあります。
 裏返して言えば、土に触れることの少ない都市型の生活(あるいは情報社会)では、イエスの言わんとすることを経験的に体得することが難しくなりつつあるのかもしれません。

 今日、私が指導している博士後期課程の学生(韓国人留学生)から、赤ちゃんが誕生したとの知らせを受けました。出産の大変さと感動をつづった彼のBLOGがありますので、紹介します。それを読むと、かなりの難産であったことがわかります。お連れ合いの無事の回復を祈りたいと思います。

■Prakne's Blog
http://prakne.com/tt/jap

 わたしの方は、今日、野菜の苗を植えました。トマト数種類、キュウリ、ししとう、すいか、とうもろこしなどです。

 昨年植えたキウイは、数週間前まで茎だけの丸裸状態だったのですが、最近、一気に葉を吹き出してきて、今年の成長が楽しみです。いちじくは、すでに小さな実をほころばせています。レモンは、実をつけるのがけっこう難しく、まだコツをつかめ切れていません。ブルーベリーは、放っておいても、比較的よく実がなります。

 野菜や果樹の面倒をみていても、生命の神秘を感じることがあります。これも「土の神学」のテーマかも?! こうした様子も、おいおい写真を交えて紹介できればと思っています。

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近  著

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