前回の風邪が一段落したと思ったら、また39度を超える熱が出たので、今日、病院に行ってきました。インフルエンザ(A型)と診断されました。どうりで、きつはずです。
副作用の有無が問題になったタミフルを処方してもらいました。頭がぼーっとしていたせいか、1回1錠のところを2錠も飲んでしまい、それを2回も続けてしまいました。1日朝晩2錠と書いていたのですが、うっかり1回1錠と勘違いしてしまいました。
薬が効いている間、熱は38度以下に下がるのですが、薬の効果が切れると一気に39度台になります。しばらく安静にする必要がありそうです。
小原克博: 2006年2月アーカイブ
韓国旅行の2日目午前中にはヨンセイ大学を訪問しました。
右の写真は、ユン・ドンジュの詩碑です。彼は1945年2月16日に、福岡刑務所で獄死しています。ちょうど没後61周年の時期であり、詩碑の前にはたくさんの花束が捧げられていました。
見えにくいですが、詩碑の上の黒い石版にはハングルで彼の詩が記されています。同志社の詩碑(関連記事→2005.02.13、2006.01.12)と同様、有名な「序詩」が記されています(詩碑の大きさは、ヨンセイの方が同志社よりはるかに大きいです)。
死ぬ日まで 天を仰ぎ
一点の恥ずることなきを、
葉あいを 縫いそよぐ風にも
わたしは 心痛めた。
星を うたう心で
すべて 死にゆくものたちを愛しまねば
そして わたしに与えられた道を
歩みゆかねば。今宵も 星が 風に ―― むせび泣く。
1941.11.20
この詩が書かれたのは65年近く前。ちなみに、日付は11月20日と、おぼえやすいです(わたしの誕生日(^_^;))。
この詩に謳われているような、鮮烈で瑞々しい感性を持ち続けたいと思います。
熱は下がり、かなり回復してきました。もう少し休みたいところですが、仕事が山積みで今日も朝から夕方まで、びっしりと用事が詰まっていました。
先週の韓国滞在の記憶も放っておくと、忘却の彼方へと行ってしまいそうなので、少しずつ記していきたいと思います。
初日のメインイベントは、ソウルにあるメソジスト神学大学(学生数1500人)でのシンポジウムに参加することでした。この大学と同志社大学神学部は学術交流協定を取り交わしています。
同志社側からは、越後屋先生(旧約聖書学)が、イスラエルにおける考古学の発掘調査から始まり、聖書のテキストとコンテキスト(この場合、歴史的な事実関係)の矛盾相克にどう向き合うかについて話してくださいました。もともと、解釈者が(自らのコンテキストにおいて)自由に解釈することを許容するポストモダン的な聖書研究からスタートし、なぜ考古学へと向かったのかを語る、ある意味で、越後屋先生の思考の変遷史でもありました。
非常によい話であったので、『基督教研究』に掲載する予定です。
それに対し、メソジスト神学大学の講演者は、オーソドックスな立場からの発表で、教会での語りも、研究者としての語りも完全に一致する、という、まさに葛藤なき立場を示されました。これでは、おもしろくありません(失礼!)。
わたしは辛口の質問を投げかけましたが、少し応用度が高すぎたのか、まったくかみ合う答えを得ることはできませんでした。しかし、韓国の聖書学のスタンダードな姿の一端を見ることができた点では収穫であったと思います。
韓国から帰ってきてから、少し体調が悪かったのですが、翌日、京都仏教会主催の研究会(後日報告)に参加した後、発熱し、ダウンしていました。韓国で風邪をもらってきてしまったようです(トホホ・・・)。
というわけで、いまだに韓国での報告もできずじまいです。ぼちぼち、熱も引いてきたようなので、明日から少しずつ書き込みを再開したいと思います。
アンニョンハセヨ!
本日の朝、ソウルに出発します。家を出るのは、何と朝の5時半! 今頃、パソコンで遊んでいてはいけませんね。
今回のメインは、メソジスト神学大学でのシンポジウムに参加することです。日韓の聖書学の現状をテーマにします。
今回の韓国出張は短期なので、パソコンは持って行きません。たまにはパソコンやメールから解放される時をもたないといけませんので・・・
というわけで、韓国報告は、帰国後の土曜日にまとめて行いたいと思います。
2月10日にキム・ヒョップヤン教授によるES細胞研究に関する講演会が行われました(案内は2/4記事参照)。
今回、わたしは司会を務め、最初に、国内におけるES細胞研究に関する経緯や、その倫理的・歴史的な位置づけについて簡単な紹介をしました。
その後、講演の通訳をしました。少し堅めの論文を土台にしているので、あらかじめ、オリジナルの原稿に目を通しているとはいえ、わかりやすい日本語にするのは至難の業でした。自分で通訳しながら、「ここは、わかりにくいだろうな~」と思う箇所が、いくつもありました。それでも、事前に打ち合わせをして、難解な用語や議論の箇所は極力スキップするようにお願いしていました。
とたえば、細胞における「全能性」と「多能性」の区別、なんて日本語で聞いても、普通は意味不明だと思います。細部の議論をする際には、確かに大切な概念なのですが、このレベルの用語が頻出すると、聞いてる方にめまいを引き起こしかねませんので、カットしてもらいました。
講演の内容は、きちんと翻訳した暁に、神学部が発行している『基督教研究』に掲載することができればと考えています。ちょっと手間がかかりそうですが・・・
「生命の尊厳」をどう理解するか、という問いが、講演内容の背骨になっていました。西欧のキリスト教や啓蒙主義の伝統から「生命の尊厳」の概念が構築されてきたが、そのままでは、東アジアの文化的土壌には適合しない、という指摘から、では何を素材にして、この問題を考えていけばよいのか、ということで、儒教の自然観や人間観が引き合いに出されてきました。
大雑把に言うと、東アジアの共通基盤として儒教の価値観を見直そうという姿勢がありました。おそらく、韓国は、まだまだ儒教的なものの考え方が強く残っている部分がありますが、果たして、日本はどうだろうか、と考えさせられます。また、1月に講演をしてもらったチョン・ヒョンギョン先生のようなフェミニスト神学者から見れば(1月12日記事参照)、儒教的価値は家父長的遺物として、かなりネガティブな評価を与えられていますから、ただ儒教を再評価するだけでは問題解決にならないことも明らかでしょう。
しかし、それでも一見普遍的イメージの強い「生命の尊厳」を、非西欧的な視点から、とらえ直そうとする意気込みには、学ぶべき多くの点があったように思います。少なくとも、日本社会ではES細胞研究についても、他の生命科学分野の問題にしても、パブリックな議論を引き起こすことはほとんどありませんから、問題をどのように組み立てるのかが、まず問われるべきなのでしょう。マニアックな問題として矮小化されないための工夫が必要だということです。
質疑応答においても興味深い見解が語られていましたが、わたしが一番「おもしろい!」と思ったのは、「なぜ韓国ではES細胞研究が進んでいるのか」という質問に対する答え。
それは、韓国人が箸を使うからだそうです。しかも、鉄の箸を使うから。そのおかげで、ミクロな細胞レベルでの核移植などに手慣れている、というわけです。冗談のような、しかし、半分本気のような、絶妙な回答でした。
キム先生は講演会の翌日、韓国に戻られました。わたしは、来週の半ばからソウルに出かけますので、たぶん滞在中にキム先生と再会することになると思います。
東アジアを舞台にした、宗教と科学の研究ネットワークを作ろう、という荒唐無稽な話しを始めています。
■京都新聞 記事
明日10日、キム・ヒョプヤン先生によるES細胞研究をめぐる講演がありますが、日本における、これまでの経緯と現状を知るためには、次の本がきわめて有益です。
島薗進『いのちの始まりの生命倫理――受精卵・クローン胚の作成・利用は認められるか』春秋社、2006年。
出版されたばかりの本です。島薗先生(東京大学)は宗教学を専門とされていますが、国の生命倫理専門調査会のメンバーとして、ES細胞研究のあり方について審議してこられ、上記の本はその経緯をまとめられたものです。細かい議論もたくさんありますが、良質のドキュメンタリー番組を見たような充足感を与えてくれます。
さらに言えば、危機感を喚起してくれる書でもあります。というのも、ES細胞研究の承認を強引に取り付けた内幕も描かれており、そうした結論の出し方に反対して提出された「共同意見書」(対案)の執筆者の一人が島薗先生だからです。
この一件については、昨年7月に新聞報道を見ながら、強引な幕引きだな、という印象を持っていましたが、どのような内部事情があったのかを上記書物は教えてくれます。
「あとがき」の最後にある島薗先生の言葉「今後の日本の国レベルでの生命倫理の審議は、いわば一から出直しといういうべきところにある」は、思い意味を持っています。
コネチカット州立大学の Norton Mezvinsky 教授が同志社を訪ねてこられ、大学で1時間ばかり話しをした後、烏丸御池近くの新風館で一緒に食事をしました。参加メンバーは、森・手島・サミールの各先生とわたし。
サミール先生が東京外大で行われたシンポジウムでMezvinsky 先生と出会い、急遽、京都にお連れすることになりました。CISMORの活動に関心を持たれたからです。
というのも、Mezvinsky 先生はユダヤ教原理主義についての本を著しておられ、目下の研究課題は、クリスチャン・シオニズムであるので、CISMORの研究と何かと接点があります。
シオニズムは、元来、ユダヤ人国家の建設を目指すユダヤ人たちの運動ですが、クリスチャンの中にも、イスラエル建国をメシア到来の重要なステップと見なし、イスラエルを特別視する人たちがいます。そうした人々のことを、クリスチャン・シオニストと言いますが、大半は米国在住の福音派クリスチャンたちです。福音派クリスチャンのすべてがクリスチャン・シオニストではありませんが、その核となっている宗教右派勢力の大部分は親イスラエル的傾向を持っています。
これが宗教的な傾向性にとどまらず、アメリカの外交政策にまで影響を与えていると言われています。どの程度の影響力があるのかは定かではありませんが、少なくとも、Mezvinsky 先生によれば、その影響力はかなり大きいようです。
イスラエルの政治家や宗教家たちの一部にも、親イスラエルのクリスチャン・シオニストを歓迎する人たちがいます。しかし、全体としては、キリスト教至上主義のクリスチャン・シオニストをいぶかしく思っている人の方が圧倒的に多いはずです。神学部のアダ・コヘン先生もそのように言っておられました。
こうした状況は、日本ではまだあまり知られていませんが、宗教国家アメリカの行く末を分析する上では、重要な要因の一つであると言えるでしょう。
会話は終始盛り上がっていました。Mezvinsky 先生にとっても、東京では聞くことのできないクリティカルな意見に触れることができ、満足な一時を過ごすことができたのではないかと思います。
少し前になりますが、読売新聞(大阪版)に「日本のキリスト教徒 増えぬ理由」という記事がありました。リンク先は消滅する可能性がありますので、関心のある方は早めに読まれることをお勧めします。
ここでは、日本におけるキリスト教の土着化を論じたマリンズ氏の近著『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』が紹介されています。これは、欧米宣教師に由来する教派ではなく、日本生まれの教派に焦点を当てたユニークな本です。
マリンズ氏が言うように、「土着化」したからといって、キリスト教が広まるわけではないことが、よくわかります。
もう一つ、日本ではキリスト教はインテリ層に入ったから広まらなかったのだ、という古屋氏の見解が紹介されています。古屋氏は、他のところでも、キリスト教の社会的影響力を増すためには、人口の10パーセントは必要だと語ります。量(大衆化)も大事だ、ということでしょう。
これに似た議論を、最近、韓国から来ているキム・ヒョップヤン先生としました。彼は、日本のクリスチャンは人数は少なくても、昔から、知的影響力を社会に及ぼしてきたではないか、というのです。わたしは、昔はそうだったかもしれないが、今は違う、と答えました。
社会の問題を先んじて洞察したり、今ある問題を深くえぐり出すような知性、鋭利な刃物名ような知性は、今の日本のキリスト教世界に継承されているとは思えないからです。
したがって、質すらも十分に危ういのに、量的拡大が必要だ、という古屋氏のような主張には簡単にはうなずくことができません。もちろん、少数精鋭がよい、ということを言いたいわけではありません。ただ、かつてあった貴重な知的財産を食いつぶしてきたのではないか、という不安と反省とがあります。
記事中、「韓国では今や人口の4分の1、中国も5~10%がキリスト教徒といわれる。「韓国や中国は、まず庶民から広がっていったために着実に増えている」」とあります。
しかし歴史は、それほど単純ではありません。むしろ、なぜ庶民がキリスト教を必要としたのかを考えるべきでしょう。中国のクリスチャン人口に関しては諸説があります。10%もよく聞く数字ではありますが、これは多く見積もりすぎだと思います。日本の人口に匹敵する1億人ものクリスチャンが中国にいるとすれば、社会の様子は、もっと違った風に見えるはずですが、まだまだ政府により弾圧される対象です。5%(これでも十分多いですが)に達するかどうか、というところではないでしょうか(裏付け根拠なし)。
アメリカだけでなく、日本でもリベラル派の教会の落ち込みが激しいですが、原因はかなり似たところにあります。これについては他人事ではないので、いろいろな角度から考えてきましたが、このBLOGでも、その思考の一端を少しずつ紹介していければと思っています。
下記のように2月10日に公開講演会を予定しています。都合のつく方は、ぜひご参加ください。
客員研究員として京都に滞在中のキム先生は、2月中旬には韓国に帰られるので、その前にと思い、急遽思い立って企画した講演会です。したがって、ほとんど宣伝もできていませんので、ご関心ある方々のご来場をお待ちしています。
かなり急なこともあり、また予算的なこともあって、わたしは司会兼通訳をします。冷静に考えてみると、けっこうハードワークですね。(^_^;)
講演は英語、質疑応答はハングルの予定です。質疑応答の通訳は、韓国人留学生の方に頼んでいます。
■同志社大学 神学部・神学研究科 公開講演会
日 時: 2006年2月10日(金)午後1時30分~3時30分
場 所: 同志社大学 今出川校地 神学館礼拝堂
テーマ: ES細胞論争と生命の尊厳――東アジア・キリスト教の視点から
2006 年1月に明らかになった、韓国におけるES細胞研究のデータねつ造事件は世界中の注目を集めました。また、2004年の米国大統領選挙では、ES細胞研究の是非をめぐって、米国社会全体を巻き込む激しい議論が交わされました。ところで日本では、京都を中心としてES細胞研究が着々と進展していますが、その倫理的な問題については、ほとんど一般の関心を引くことはありませんでした。
今あらためて、21世紀の生命科学の最先端を担っているES細胞研究において問うべき課題を、「生命の尊厳」などの基本概念を振り返りながら、共に考えてみたいと思います。
●講 師
キム・ヒョップヤン (韓国・カンナム大学教授)
●プログラム
司会:小原克博(同志社大学神学部教授)
[講 演] キム・ヒョップヤン
[コメント] 関谷直人(同志社大学神学部助教授)
[質疑応答]
●通訳あり、入場無料、事前申込不要
●主 催
同志社大学 神学部・神学研究科
●講師略歴
韓国・ソウル大学卒業後、米・プリンストン神学校からM.Div.およびTh.M.の学位、米・神学大学院連合(GTU)からPh.D.の学位を取得。宗教間対話を通じてアジアの神学を構築することや、キリスト教神学とアジアの諸宗教と科学の間の学際的な研究を進めることに関心を向けてきた。組織神学者。著作に『王陽明とカール・バルト――儒教とキリスト教の対話』(1996年)、『キリストとタオ(道)』(2003年)(いずれも英文)などがある。
すでにこのBLOGで、PHP新書から出る原理主義をテーマにした本について断片的にお知らせしてきました。実は、この本の冒頭に座談会を組み入れることになっており、本日、その座談会を行いました。
もっとも、座談会のために咲くことのできるページ数は限られていますので、すべてを収録できるわけではありません。あとで編集上の苦労をしないように、90分以内に収めましょう、ということで座談会をスタートしました。ちなみに、わたしは司会を務めました。
ところが、終わってみると、結局、3時間半しゃべっていました。みなさん、おしゃべりです。(^_^;) ちなみに、みなさんとは、森先生、中田先生、手島先生です。もちろん、わたしも例外ではありませんでしたが。森先生は執筆者ではありませんが、今回、特別ゲストとして座談会に加わっていただきました。
この座談会をテキストにおこすだけで、十分に一冊の本になるような質と量の座談会でした。後半は、それぞれの人生観を語り合うようなカミングアウト状態になっていましたが、大の大人が原理主義をめぐって、日本のこと、世界のことを、これほど熱く語れるのは、すばらしいと思います。もっとも第三者が見ていると、きわめて異常な光景に見えるかもしれませんが。(^_^;)
この座談会の編集はPHPに任せるので、気が楽です。これを含めて、まだあれこれ編集作業等がありますので、出版は5月くらいになりそうです。
今日は、民医連中央病院の倫理委員会がありました。議題の一つは「輸血拒否患者への対応」に関してでした。
具体的に言うと、エホバの証人の患者に対し、無輸血治療(手術)を約束することができるかどうか、という問題です。一般的な事例として、エホバの証人による輸血拒否の問題は理解していたつもりですが、実際の来院患者を念頭に置きながら、この問題を考えると、さすがにシリアスにならざるを得ません。
この件に関する、これまでの病院の基本的な姿勢は、無輸血手術はしない、というものでした。言い換えるなら、輸血の同意書を拒否する患者には治療行為は行わず、他の病院を紹介する、というものです。
エホバの証人が病院に出された「輸血謝絶 兼 免責証書」も見ました。また、倫理委員のメンバーには弁護士もいますので、実際に関われた裁判事例を聞くことができました。さらに、これまで病院が関与した事例も聞きました。いろいろな情報を知れば知るほど、あらためて奥の深い問題であることを感じました。これは、決してエホバの証人が起こしている特殊なトラブルとしてとらえるべきではなく、医療とは何か、治療とは何か、を考えさせる、かなり普遍的な問題提起を含んでいると思います。
医師からの切実な思いも吐露されました。輸血を絶対必要とする手術はそう多くない、しかし、いざというときのために輸血の同意書は必要であり、それがないというのは、心理的にかなり大きなプレッシャーになる、というものでした。
わたしは一応、宗教の専門家でもあるので(この倫理委員会では、その方面の役割を果たすことは皆無に近いですが)、エホバの証人について、簡単な説明をしました。
かなり大きな問題なので、継続して議論することになりますが、今回、基本的な方針として決めたのは、従来の方針をあらためて、無輸血治療もできる方向で考えよう、ということです。これは大きな方向転換です。
実際に、どの分野で無輸血手術を引き受けることができるかどうかの技術面での整理を次回に行う予定です。
この大胆な方向転換は、わたしがあおっているわけではありませんが(多少、そういう面はありますが・・・(^_^;))、治療の選択肢の幅を広げていくためにも、重要な試金石になると思います。今後の議論のキーワードは、患者の「自己決定権」、医師の「良心的診療拒否」になりそうです。
■エホバの証人(日本語)
http://www.watchtower.org/languages/japanese/
今日は午後から、平和学習会「平和な世界にするために――仏教の視点から」に参加しました。講師は西本願寺の僧侶である季平博昭氏。
西本願寺は、門主を筆頭に、首相の靖国神社参拝反対や、イラクへの自衛隊派遣の反対を公に表明しています。そうした西本願寺の反戦平和運動を担ってきたのが、基幹運動と呼ばれるものです。季平氏はその基幹運動の中央相談員として、長らくその活動を担ってこられました。
西本願寺の取り組みや基本姿勢については、すでに理解していましたが、やはり、直接に運動を担っている方から話しを聴くのは大事だと思いました。
その上で、いくつか感じたことを記しておきたいと思います。
西本願寺が、太平洋戦争中に護国の念仏を唱え、戦争を正当化していったことを反省し、今、非戦・平和運動に取り組んでいるのは頼もしいことですし、特に多くの門徒を有する教団としての社会的責任も大きいと言えます。仏教教団の半数以上は、政治的にはかなり保守寄りですから、その意味でも、西本願寺が果たす役割はあると思います。
わたしが、話しを聴いていて気になったのは二点あります。一つは、平和を実現するために、まず「心の平和」が大事だとして、その例をたくさんあげられたことです。「心の平和」の大切さを否定するつもりはありませんが、この論理では、実際の生々しい政治の場や世俗社会において平和を実現できないどころか、下手をすると、かつて浄土真宗が犯した過ち、すなわち、悪しき「精神主義」を繰り返すことになりかねません。つまり、真俗二諦論を利用することによって、心の問題(信心)と社会生活(政治)を巧妙に区別し、操作してきた過去を、無意識のうちに繰り返しかねない危うさを感じました。
こうしたことを考えるときに、わたしが思い出すのはラインホールド・ニーバーの『道徳的人間と非道徳的社会』(1932年)です。思い切って単純化してニーバーの意図を説明すると、人間は理性や宗教によって道徳的になり得るが、その延長上に道徳的社会が約束されるわけではない。社会は、人間の道徳性にかかわらず、非道徳的であり続ける。社会に潜む非道徳性をいかに抑制できるのか、という現実的な問いがここにあります。この著作は、当時、エポックメイキングな政治哲学書として広く読まれましたが、ニーバーの透徹したクリスチャン・リアリズムは、今なお、大きな問いを投げかけてくれているように思います。
残念ながら、ニーバー並みのリアリズム感覚は現代のキリスト教リベラリズムの中では失われつつあります。それだけに、浄土真宗の立場から「心の平和」とストレートに言われると、どうしても引っかかってしまいます。
もう一つわたしが気になったのは、この話を若者が聴いたらどう反応するだろうか、ということです。集まっておられる方々は平和運動に並々ならぬ関心を寄せる方々ですから、その方々がうなずくのは、ある意味、当然です。
しかし、北朝鮮・中国脅威論に関心を示し、小泉首相の「戦争を二度としないために参拝している」という言葉に共感する若い世代に対し、浄土真宗からのメッセージは「空念仏」(失礼!)として響きはしないだろうかと感じました。
ただ単に小泉批判、政府批判をするだけでは、問題は解決しないどころか、皮肉なことに、若者の右傾化を促進させることになるのではないかと危惧します。内面的な心の問題と、自らを取り巻く社会や国家との間を関係づける中間的な言葉や思考が欠落している中で、いきおい国家批判をしても、今の状況では十分な説得力を発揮しない、ということです。自分たちが住んでいる社会や「くに」に、どのようにフィットしながら、そこから益を受けたり、場合によっては貢献したりできるのか、という作法が示されないまま、今日に至ったとすれば、昨今の右傾化の原因の一端は、平和運動家を含むリベラル派知識人にもあるのではないのでしょうか。
これは西本願寺に対する批判ではなく、わたし自身の反省の言葉です。
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