この事故は、全国的に報道されていると思いますが、わたしも第一報を聞いたときはびっくりしました。午後の授業のあと、事故の近所から来たという学生さんから、比較的詳しい話を聞き、かなり心配になりました。彼が言うには、同志社の京田辺キャンパスで2時間目の授業に出席する際に、同志社の学生がよく使う時間帯の列車だ、とのことでした。
詳細はまだわかりません。この列車には神学部の学生も乗車しており、怪我をしたものの無事であると知らされました。そのほかにも、同志社の学生が乗車していた可能性は高く、心配です。
負傷された方々の無事と、そして大切な人を亡くされたご家族への慰めとを祈らざるを得ません。
小原克博: 2005年4月アーカイブ
今日は同志社科目「建学の精神とキリスト教」の第2回目の授業でした。
いやはや準備が大変で、朝方までかかってしまい、慣れないことをやっているな~と実感することしきりです。(^_^;)
今日のテーマは「新島襄の略歴」。語りながら、しみじみ、この人は、やはりすごいな~と思いました。自分で語って、自分で感動しているのは変な感じもしますが、それがある程度、伝わったのか、学生たちの授業の感想を見ると、かなりの学生が新島の生涯に感動したと書いてくれていました。
わたしの個人的なエピソード、体験を新島の生涯に時折重ねながら、かなり脱線気味で授業したため、予定通りに進まず、中途半端なところでベルが鳴ってしまいました。でも、その体験談がよかった、もっと聞きたい、という感想も少なからずあったので、まあ、いいかな、と思っています。
この授業も近々、「神学部オープンコース」にアップする予定です。
少し前に掲載されたのですが、スキャンができましたので『中外日報』に掲載された記事をアップしておきました(2回分)。
『中外日報』は仏教界ではかなり幅広く読まれている宗教系新聞です。
わたしがかかわっている21世紀COEプログラムについてのインタビュー記事です。
比較的よくまとまっていると思いますし、また、わたしの「意欲」も感じられると思います。(^_^;)
「いずれ国家レベルの政策提言を」なんていう理想も語られています。
■「21世紀COE 知の最前線――同志社大学のプログラム」
http://theology.doshisha.ac.jp:8008/kkohara/essay.nsf/
504ca249c786e20f85256284006da7ab/d9d056c0fc8e2d6f49256fe700504321?OpenDocument
授業が始まり、自転車操業の日々が始まりました。例年、この時期は大変ですが、今年は例年にまして大変な感じです。
一つには、「同志社科目」を含む新しい授業がいくつか増えたこと、もう一つは「神学部オープンコース」を開始したことです。
というわけで、「神学部オープンコース」を紹介します。
神学部オープンコースは、誰もが自由に視聴できる授業コンテンツです。実際の授業を撮影したものをストリーミング配信しています。授業で配付された資料はPDFファイルとして提供されています。 神学部の教育内容の一端を知っていただく機会として、今年度からサービスを開始しました。
もっとも、仕掛け人はわたしですので、あれこれと準備が大変でした。授業開始直前に撮影スタッフを急遽そろえ、何とか機材をそろえ(私物も投入しながら)、何とか撮影にこぎつけ、また何とか動画にするまでのプロセスを整えることができました。
現時点では、森先生、野本先生のクラス、そして、わたしの宗教学6の第1回目の授業コンテンを見ることができます。
そのほか、同志社科目、組織神学1も動画はできあがっているのですが、プレゼン資料との同期がまだうまくいっておらず、目下、試行錯誤しながら作成しているところです。来週前半には視聴できるようになると思います。
苦労は多いのですが、楽しみにしてくださっている方もいますので、がんばってやっていきたいと思います。
■神学部オープンコース
http://theology.doshisha.ac.jp/opencourse/index.html
同志社礼拝堂と桜の写真です。実は少し前の写真で、今は、もう葉桜になりつつあります。
明日、新設された同志社科目の授業があります。にわか勉強なので、かなり苦しい授業展開になりそうです。(T_T)
しかし、80人近い履修者がいるようなので、関心持って来る学生さんたちのためにも、がんばらねばなりません。
さてさて、どうなることやら・・・
せっかく天気がよくなってきたのに、桜を見に行く時間がまったくありません。これも何とかせねばと思っています。
4月12日夕方から、キャンパスプラザ京都で「宗教と倫理」の初回の授業に参加しました。今年度から、同志社女子大学が設置大学になってくれます。
わたしが、このクラスを新設してから、今年で5年目になります。「コーディネート科目」というチェーンレクチャー形式の授業なのですが、それぞれの宗教のトップクラスの人が講義をするので、かなり聞き応えがあると思います。
若い学生さんから(単位互換生)、年配の方々(シティカレッジ生)まで、年齢の幅が広いのも、この科目の特徴であるといえます。
毎年感じることなのですが、今年は、特に履修者の真剣な眼差しに驚かされました。コンソーシアム科目を履修するためには「志望理由書」を書いたりするなど面倒な手続きが多いのですが、そのような労を惜しまずに来てくださっている方々ですから、当然と言えるかもしれません。しかし、これほどモチベーションの高いクラスは、なかなか見かけられるものではありません。そういう期待に応えていきたいと思います。
この科目は京都らしい特色あるクラスでもあるので、できれば大学コンソーシアム京都の「長寿番組」にしたいと思っています。「ドラえもんを越える!」が、わたしの夢です。(^_^;)
今年から、このクラスに付随するもう一つの特記事項は、授業をインターネットでストリーミング配信すること。これは残念ながら、受講生しか見ることができませんが、同志社女子大学の積極的な姿勢には賛辞を送りたいと思います。
CISMOR VOICE Vol.2のデジタル・データ(PDFファイル)をCISMORウェブサイトに掲載しました。印刷された現物がほしい方は、CISMOR事務局にメールや電話でお問い合わせください。無料で郵送いたします。
今回はカイロ特集で、プロの写真に混じって、わたしが撮影した写真も2枚入っています。わたしはイスラエル研修プログラムについて書いているので、そこにも写真が2枚掲載されています。
カイロ特集のタイトルページのところに、わたしの写真が使われていますが、よーく見ると、左後方にピラミッドが二つ見えるはずです。これは偶然ではなく、意識してフレームに納めた記憶があります。
文章も読み応えのあるものがいくつかありますので、関心のある方は、ご覧ください。
■CISMOR VOICE
http://www.cismor.jp/jp/info/voice/index.html
今日は、一仕事終えた後、わずかの時間を利用して、東山かいわいの桜の撮影を試みました。明日から雨が降るせいか、今日は花見の観光客であふれていました。正月並の人だかりでした。桜はまだ八分咲きのものが多かったように思いますが、これから雨の日が続くと、どうなることやら。
いずれにせよ、今回撮影した桜と京都の風景は、後日、整理して披露したいと思っています。
小原克博 On-Line に昨年の講演の記録「欧州新時代におけるイスラームとの対話――ドイツから何を学ぶか」(『基督教研究』第66巻第2号)を掲載しました。関心のある方はご覧になってください。
今日は最初のゼミだったのですが、あまりにも天気がよかったので、教室での授業はそこそこにして、御所に花見に行きました。
いろいろと写真を撮ったのですが、まだ整理できていないので、とりあえず二枚だけ貼り付けておきます。
御所の桜は想像以上にすばらしく、観光バスでたくさんの観光客が花見にやってきている理由がわかりました。同志社からは徒歩一分で御所に行けますから、何とも贅沢な話です。(^_^;)
後日、スナップ写真も交えて、御所に風景をアップしたいと思います(たぶん「小原ゼミ」で)。
京都シティハーフマラソンの公式記録証が先日届きました。もう1ヶ月近く経つのか~と思うと同時に、明日から始まる授業を前にして、すでに業務多忙で疲れ切っている自分自身に、この公式記録証はちょっと元気を与えてくれました。
記録は前にも記したとおり、1:58:43だったのですが、「参考ネットタイム」というのがあって、これは1:56:22となっています。たぶん、スタート地点からゴールまでの正味かかった時間が表されているのだと思います。
引き算すると、スタートの合図がなってから、スタート地点にたどり着くまでに2分21秒かかっていることがわかります。最後尾からのスタート、今さらながら、大変だったなーと・・・(T_T)
この記録証で驚いたのは、自分のスプリットタイムです。5キロを27分ほどで走っています。普段の走り方では想像できないスピードで走っていたことに気づきました。周りのペースに引っ張られて、普段異常のスピードで走っていたようです。しかも、最後のスプリットタイムが26分台で、前半よりスピードアップしています。
後半は心身ともヘトヘトの状態でしたから、自分ではペースが落ちていると思っていたのですが、予想外のがんばりをしていたようです。
全体として、想定外のパワーを発揮していたようで、つい最近まで、足が痛かった理由がわかるような気がしました。(^_^;)
客観的な情報を得て、今度は、もう少し計画的に練習して望みたいと思った次第です。根性だけで走るのは、かなりつらいですから。(T_T)
よく見えないかもしれませんが、写真が2枚張り付いています。倒れんばかりにゴールインしたのですが、一応、ゴール直前は、ちゃっかりガッツポーズを決めています。(^_^;)
全国的にどの程度報道されたのかはわかりませんが、関西の方では、今日の新聞は「聖神中央教会」の事件をかなり大きく扱っていました。
わたしは午前中から用事があったので、きちんとした情報収集もしていませんでしたが、大学の方には朝から、いろいろなメディアからコメント依頼の問い合わせがあったらしく、時間の合間を縫って、何とか対応しました。
詳細な情報を得ようと、事件の舞台となった教会のHPにアクセスしようと思っても、お昼間はアクセス不能状態でした。マスコミ経由の情報や、インターネットの書き込みなどを参考にして、コメントしましたが、あとでHPの情報を見て、それほど的はずれなことを言っていなかったことが確認できました。
一点驚いたのは、京都の八幡市にあるローカルな教会かと思いきや、海外にも教会を持つ、かなり大きな組織であったということです。
この教会はカリスマ運動の一翼をなしていると言えますが、一般的な日本の教会があまり元気がないのに対し、こうした教会が知らぬ間に大きく成長していることは不思議な感じがします。
■関連記事
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200504060023.html
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200504060025.html
真相究明はこれからでしょうが、非常におぞましい事件であることに違いはありません。
お口直しに、というわけでもありませんが、少し前向きな記事を。昨日も紹介した日経新聞のインタビュー記事をCISMOR BLOGに掲載しました。
なかなかよい記事ですので、関心のある方は、ご覧になってください。
■CISMOR Blog
http://cismor.exblog.jp/
Yokoさんがコメントで紹介してくださっていましたが、日本経済新聞4日朝刊に、一神教学際研究センターやCOEプログラムに関する森先生へのインタビュー記事が、かなり(!)大きく掲載されました。
森先生の写真もかなり大きい。これだけ大きいと、「みのもんた」と間違えられることもないでしょう。(^_^;)
冗談はさておき、日経がこれだけ大きく扱ってくれたというのは意味深長です。経済的関心と宗教というのは、日本ではもっとも縁遠い関係として見なされることが多かったですから。記事の内容は、ポイントをうまく整理しており、とても読みやすい内容に仕上がっています。できれば、スキャン画像をCISMORサイトにのせたいと思っています。
この記事の中に小さなコラムがあって、そこで「同志社科目」に言及されています。わたしも、この科目を来週から担当します。新島襄や同志社の歴史を教えるほどの知識を持ち合わせていないのですが、行きがかり上、担当せざるを得ません。今から、勉強です(悲し・・・)。
ローマ法王の逝去に関して、東京新聞から電話取材がありました。教皇の定年制についてコメントしました。40歳で就任、60歳で定年が望ましいですね、と答えておきました。どこかの記事の一部になるかもしれません。
今日、京都の街中をタクシーで通り過ぎたのですが、桜、咲いていました。ほとんどの木は、まだまだこれからなのですが、一部の種類は、3分咲きくらいになっていました。京都では、今週末あたりに、ぱっといきそうな雰囲気です。
ヨハネ・パウロ2世が亡くなり、世界中のメディアがそれを報じています。
わたしは、授業の中で、ヨハネ・パウロ2世のことに頻繁に触れてきたこともあって、やはり寂しさを禁じ得ません。もちろん、彼の超保守的な立場から発せられる見解の多くに、わたしは賛同できませんでしたが、数々の歴史的過ちを認め、乗り越えようとしてきた行動力には、大いに敬意を払ってきました。
その点で、傑出した教皇であったことは異論の余地がないでしょう。
しばらくは、日本のメディアも大きく取り上げていくことでしょうけれど、比較的詳しい情報がカトリック中央協議会のサイトに出ていますのでご参照ください(下記参照)。後継者選びのことについても説明があります。また「用語説明」は秀逸。へぇ~!という発見があるはずです。
コンクラーベという日本人にとっては、しゃれにも聞こえてしまうような選挙を通じて、120人ほどの枢機卿の中から教皇は選ばれるそうですが、候補者にあがっているのは、ほとんど70歳以上のご老人です。もっとも若い候補者でも60歳代。
枢機卿の中から選ぶわけですから、年齢が高いのは仕方がないとも言えます。しかし、カトリックの教会法の上では、教皇の条件は「カトリックの男性」であればよいことになっていますから、もっと若い人が教皇になった方が、よいと思うのですが。
たとえば、40歳代の人が教皇になれば、健康上の問題で気をもまなくてもよいですし、カトリック全体の雰囲気が変わると思うのですけど。
キリスト教がまだキリスト教という名前すら持っていなかった、イエス運動と最初期の教会においては、活動の中心的担い手はもっぱら若い人々でした。若さにあふれた運動が、組織化と共に、高齢化していくというのは、何もキリスト教に限った話ではありませんが、やはり深刻な問題です。
年寄りが悪い、ということを言いたいわけではありません。そんなこと言うと、"age discrimination"になってしまいます。そうではなく、高齢者が組織運営することが当然のことになってしまうと、信仰にとって大切なものが失われることが、しばしばある、ということです。残念ながら、日本のキリスト教界や仏教界で、こうした危険性を十分に自覚できないまま、世代交代に失敗し、組織そのものを疲弊させている例を多く耳にします。
信仰の刷新、組織の刷新は簡単な問題ではありませんが、生き生きとした生命(信仰)の循環性を、組織がいかに体現していくことができるのか、やはり知恵を絞らねばならないと思います。
■特集:教皇ヨハネ・パウロ2世(カトリック中央協議会)
http://www.cbcj.catholic.jp/pope/index.htm
3月31日、CISMOR Monthの最終回、マシーニスト先生(Peter Machinist、ハーバード大学教授)による「聖書イスラエルにおける一神教再考」という講演を行いました。
29日に東京でマシーニスト先生から手書きの原稿を受け取り、それを宅急便で京都に送って、CISMOR事務局でタイプしてもらうという、きわめて危なっかしいやり取りがありました。事前の資料がそれまでまったくなかったので、通訳の方にはずいぶん気の毒なことをしましたが、非常にすばらしい通訳をしてくださいました。さすがプロです。
とはいえ、事前資料がなかったため、関連する参考文献をあらかじめ読まれるなど、涙ぐましい努力が、きらりと光る通訳の背後にはありました。すばらしいプロ根性です。
マシーニスト先生の講演内容は最初、難解を極めるのではないかと恐れていたのですが、講演が始まるやいなや、そうした心配はまたたく間に吹き飛んでいきました。非常に明快な語り口で、聖書時代における一神教概念の形成や、それをめぐる学説の数々まで、基礎から最先端までをカバーする、実にすばらしいものでした。
わたしは、今回、司会もコメンテーターも当たっていなかったので、カメラマンに徹しました。こうした講演の場ではじめて、愛機Canon EOS 20Dを使って撮影しました。
ここに掲載した2枚の写真も、これまでのような人からもらった写真や、自分のコンパクト・デジカメで撮ったのとはひと味違います。・・・と自分では勝手に思っているのですが、背景のぼかし方や、色の再現性、画面構成など見てください。プロ(?)の味が光っています(自画自賛モード)。
いや実は、こうした講演会の撮影では、わたしの美的感覚は、うまく表現されませんので、今後の撮影にご期待いただきたいと思います。
4月1日の入学式では、例年、桜が咲いているのですが、今年はまったくでした。しかし、来週初めから咲き始める桜などをねらって、ベストショットをお届けしたいと思っています(できれば、小原克博 写真館で特集できればと考えています)。
問題は、信じられないくらいに各種の仕事が詰まっていることです。これを考えると、春だというのに、かなり気が重いです。(T_T) そういう憂鬱を払う意味でも、短時間でも桜の撮影に出かけることができればと願っているのですが・・・
th Visitor
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